2016/8/23 インターステラ

クリストファー・ノーラン監督の「インターステラ」
まるでバラードのSFを一冊読んだよう。
スペースコロニーはアメリカの物理学者達によって
始めて考案されたものなのに
最後に「ガンダム」になってしまうのは
日本のアニメのせいだとしても、おもしろかった。

本格SFてなると、科学的に正しいとか正しくないとか
検証したがる人も多いけど
私にとって、お話はおもしろいかおもしろくないか、だ。
過去から飛んできたようなドローンを捕まえた時
私も完全にキャッチされてしまった。

強大な重力源のそばにある惑星は
海面潮力も強大で、浅い海に山のような津波が発生する。
そして惑星上の時間は、遅い。
私達、3時限の世界に生きるものには
時間は超えられない。
それを超えらるものは「重力」というのが最近の先端なんだね。

すると「時間は存在するか」という問いにつきあたる。
モーガン・フリーマンの番組「時間は存在するか」は
内容は薄かったけどおもしろく見た。
「時間は存在しない」という科学者もいる。
時間とは、ある物事が、そこにもあちらにも同時に存在していて
それをわたしたち人間が頭の中で順序を与えて組み立て
「経過の連なりをきめた夢のようなもの」という説は
まるで中国の仙人のお話のようだね。

最近バラードが気になる。
バラードの作品は「サイエンス」をはなれ「文学」と言われる。
海外でも日本でもSFの地位は低いので。

サルバトール・プラセンシアの本「紙の民」では
「木星」からの監視(?)を逃れるために、
主役級の一人が鉛の甲羅をもつ新種亀の下に隠れた。
「鉛の甲羅」の亀といえば、
「時の声」(バラード)に登場するあの亀を即座に思い出す。

「時の声」はどういうお話かといえば
外宇宙から届くメッセージ=一連の数字は、減っていく。
それは、カウントダウン。
地球の時がつきようとしている物語。
(こんな風に要約してしまっては身もふたもないので
興味のあるかたは読んでみてください)

バラードの未来は
多く世界の終末を描いている。
けれど、いつも今現在のことと感じる。
地球のどこかで、ひそかに進行しつつある未来。
メキシコでナイカ洞窟が発見された時は
ついに「結晶世界が?!」現実化したかと思った。
ディックの時代はすぎて
バラードの時代がはじまっているんだろうか。

ところが、クリストファー・ノーラン監督の次回作は
「ファウンンデーション」アイザック・アシモフ原作、なのだとか。
アシモフの未来は、アーサー c クラークの未来とも、
ビラッドベリの未来ともちがっていて
どんなに科学が発達してすばらしい未来がやってきても
「人間の行動原理はまったく変わらない」という未来だった。

なんのかんの言ってもSFが持つべきものは
新しいビジョン。
映画「エイリアン」の時のような映像の衝撃。
だれも見た事のないもの、それを提示するのがSFの役目。
ということは、
それはスティーブ・ジョブスが目指していたことだね。

2016/5/25 おとしもの

R246、大江戸線の入り口を目指して歩いていると、歩道に落とし物!?
あんまりきれいに輝いていたので
そばに立ってじっと見下ろしてしまった。

子どもが作ったんだろう
6cmほどのアイロンビーズ製メダル。

ほんとうにきれい。
色の並べ方に規則性もお約束もなく
子どもにしかできない、
または子どもの心をもっている者にしかできない、無作為の美だ。

こんなふうにウチの子どももつくっていたっけ。
すごくきれいにできたねぇといったら
「おばあちゃんにあげるー!」
(私がほしかった)
でも一番好きな人にあげるんだよね。
そうだよ、それがいい。
(こういう場合、両親は一番とか二番とかではなくその手前の欄外にいる
彼女にとって両親はいるのが当たり前だから)

翌年、帰省したら、
去年とおんなじ場所に、おんな角度で飾ってあって
きっと一度もさわらなかったに違いない。
大事にされているような、されていないような
あいまいな線だけど
それにしかうめられない場所をあたえられて
この先何年もそこにそのまま置かれているのかもしれないけれど
それって、すごいことだ。
それでいい。

だから、おとしものにはさわらずに
そっとその場をはなれた。
きれいな色の余韻だけもらっておこう。

 

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