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ミヤハラヨウコの日記

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文章にしてみよう思います

 

2013/11/6  「心に効くご馳走」のこと

週刊誌の連載というお仕事をはじめてしました。
終わってみたら、あっというまの一年でした。

「締切週一」て、どんなに大変なんだろうと想像していたけれど
実際は、早めにストックしてからスタート。
以降、原稿を2、3回分づつ受け取って
それぞれにアイディアを、2つ3つとだした中から
選ばれた1つを仕上げる。という具合。
なかなかいい案がでなくて、何度もやり取りした回、
ストックがなくなりそうで、あせった回もありましたが
編集者からせかされた覚えもなく、たんたんとすすんでいきました。
きっと、口を閉じて待っていてくださったのだと思います。(感謝です!)

イラストを描くにあたって、
執筆者との顔合わせのため、一度だけ打ち合わせに同行させてもらいました。
「大豆」がお題でした。
最後のほうで、ドラマ「坂の上の雲」の話がでた。
司馬遼太郎の長編小説を、3年にわけて放送するという
某国営放送が今までにない枠組みで取り組んだ大作でした。
その中で、秋山真之が、ぼりぼりと食べていた豆は
「大豆だったのではないか」との言。

そこで、私はそのような絵をかいてラフをだした。
ちびっこ真之が、ぼりぼり大豆をたべている図、ほか2案。
すると、編集者から「ちょっとまった!」の一声が。
「今、司馬遼太郎の最晩年の番記者に確認とっています」という。
まさかラフを選んでもらうわけじゃないし…何の?
それは、秋山真之が食べていた豆は「大豆だったか否か」の確認でした。

番記者さんでは、分からず「秋山記念館」の館長さんに聞いていただくことに。
結局、真之の伝記を書いた、真之の幼馴染みという方
(まさかご存命?あるいは“本”からか?)から確認をとったところ
「大豆」ではなく、「エンドウ豆」であることが判明し
変更を加えることになりました。
おそるべし、新聞社の情報網!
それが分かるなら、あんなことやこんなことも、ぜひ聞いてもらいたい!
と、思う間もなく、次回の案だしにかかりました。

「納豆」の回では
なかなかアイディアがでなくて、ラフに時間がかかりました。
やっとでたのは「魯山人」
魯山人の本に、
「納豆は固いところからはじめて、
醤油を一、二滴たらしこんでは良くかき回し、よくかき回し。
カラシなどを、添えて、食すべし」というようなことが書いてあるのですが、
肝心の回数は、明記されておりません。
そして十数年以上前の「○してガッテン」という番組では
「魯山人納豆」の回数を特定しようとしたのです。

お弟子さんの協力などがあり、
納豆の状態、糸、とろみ加減など確認しながら、回数を特定したはず…
で肝心の数字、そこんところが思い出せない。
人にも聞いたりしたけれど、
108回という人もいれば、316という人もおり。
ネットなどでも、数字はバラバラ。
けっきょく、424が信用できそうで
「私は424回です」と似てない魯山人が言う、絵を書いてだした。

するとまたしても「ちょっとまった!」
「いま、放送局に確認とっています」と言う。
「10年以上前までさかのぼって調べていただきましたが回数は特定できず」
そこで
言い切りのほうが魯山人らしい、とは思ったのですが
ちょっと歯切れの悪いウワサという設定で落ち着きました。

今回のことで「魯山人納豆」を知っている人が意外に多いと知りました。
もちろん、回数については、魯山人本人が明記していないので、バラバラです。
それらの人々は、納豆を食べる時、
最低でも108回、かき回しているのですね。

実を言うと、私はそんなにかき回したことありません。
子どもの頃、朝、父がかき回す納豆の臭いが苦手だったのです。
現在パックで売っている納豆は、すぐ糸をひくけど、
昔の納豆は、固くて、糸を引くまでほんとに良くかき回さないといけなかった。
自分で食べるようになっても、なるべくかき回さず
ご飯にのっけたら海苔で巻くようにして食べました。
大人になると味覚が変わって、良くかき混ぜた納豆も好きになりました。
やってみると108回はけっこうすぐ出来ますが、424回はようしません。

「小豆」の回のことですが
私が子どもの頃、祖母や母が、お手玉を作ってくれました。
小豆をいれることが多いようですが、
田舎ですので、ジュズダマ(唐麦)をいれます。
不思議なのは、母だけ、お手玉のことを「おしなんこ」とよぶのです。
祖母や叔母達がそうよんでいたのは聞いた事がありません。
一度聞いたら、忘れられないこの名称。
母の実家はそんなに離れていないのに、どこからきた言葉なんだろう?
と思いつつ「小豆」の回に、そのことを描かせていただきました。

すると読者の方からメールがあり、ちょっと意外なことがわかりました。
その方が育った南信州ではお手玉を「おしなご」と呼んでいたそうで、
ウチの母がどこの出身か問い合わせるものでした。
「南信州・飯田周辺と茨城でそういう名称が見られるようですね」
という一文もそえられており、
まさしく茨城生まれの母なのでした。
興味をもって読んでくださる「読者」という存在を、
自分の中で想定できていなかったので
うれしさと驚きで、緊張しつつご返事を書きました。

「おすなご」がなまって「おしなご」「おしなんこ」になったんでしょうか?
長野と茨城、なにか特別なつながりがあったのでしょうか?
ちなみに、従姉妹や同級生、あちらこちら問い合わせてみましたが
だれも「聞いた事ない」との返事でした。
新聞社並みのネットワークとフットワークで調べたら
もっと面白い事がわかるかもしれませんね。

もう一つ、「パン」の回でした。
文章に、明治期の街頭売りパン屋の話がでてきましたが
その「絵」がなかなかみつかりません。
絵でみるのと、言葉で説明されるのとでは、理解度はだいぶ違います。
ここで、方向を変えて、寺田寅彦「物売りの声」をたよりに検索していったら
江戸から東京の町人の風体をしるした本に出会いました。
挿絵があり、その中に、パン屋もありました。
想像とだいぶ違っていました。
シルクハットに燕尾服、大太鼓をしょって、
ドンデンたたきながら売り歩いたらしい。
分かりやすい付け髭もつけています。
上流階級の雰囲気を目指しているのかもしれませんが、
なにか、とてもうさんくさい。
戦後の小麦粉政策にどっぷり漬かってる、
私たちの世代からしてみると、この感じって…?
やはり絵だから伝わるものです。
銀座の老舗、木村屋があんパンを大ヒットさせる前のお話ですね。

なにかについて、知りたいと思ったら、
自分の中にあるものだけでは、やはりやって行けないので、ネット検索します。
すると、真贋含めて、ほんとにいろんな写真やら資料やら、
様々な角度の情報がみつかります。
こういうものを、図書館や本屋さんで調べようと思ったら、
何時間、いえ何日かかるか、考えるだけで恐ろしいです。
インターネットがあって、ほんとに助かりました。
けれど、人に会って聞く事も、なかなかどうして、面白いです。
この一年は特に、人に聞く事が増えたと思います。
その「人」というフィルターで偏向してるぶん、
思いがけない結果が得られたりします。
結局は「ヒト」なんだなと思います。
なんて聞いた風に結んだりしては、つまらないので、
自分フィルターの偏向度に、磨きをかけられるようがんばろうと思います。

2013/8/14  編み物

手芸の番組で海外の伝統的な編み物を紹介していた。
スコットランドの「サンカ手袋」というのがあった。
凝った模様が目に止まったけれど
その時は名まえを覚えないまま、
資料も探さず。

今年、ちいさな写真集の中にその柄を見つけた。
あの番組から3年はたっているし
「世界には似たような編み物がある」て言う人もいるでしょうが
サンカ手袋は、手の指の間に三角のマチがはいるという特殊な構造になっていて
5本指の断面は、丸ていうより、正方形モチーフが3つ連なった三角形。
百歩譲って、違う手袋だとしよう。
だとしてもサンカ手袋が素敵な事に変わりはないので、まったく問題ない。

サンカ手袋は、洗練されているけれど、プリミティブなものを十分残している。
子どものころ、ウルトラマンの「ダダ」を見たときの感じ。
アフリカの仮面を見た時の感じ。
ケルトの渦巻き文様を見た時の感じ。
絶滅してしまったヤマナ族の写真を見たときの感じに似ています。
(私はこの順番)

毎年、寒くなると、無性に編み物がしたくなる。
本は途中で、スッとやめられるけど
(本との付き合いは長いから、対処も心得たもの)
編み物はなかなか、止められない。
ご飯の支度も、寝る時間も忘れて、ついつい編んでしまう。
この2、3年は時間的にも精神的にも余裕がなくて
編み物からは離れていましたが
ここにきて「サンカ手袋」と再会。
夏に向かって編み物をするというのは、今までなかったですが
イギリスからテキストが届いたので、編まずにはいられません。
細かい模様なので慎重にちょっとすすめては確認して休む。
二色の毛糸を、同時に持って編む(二本取り)というのも
いつのまにかできるようになった。

母の前で編み物すると、
糸の抜き方が、正しくないと注意される。
でもこうすると、ケージに注意しなくてはならない時に、
力加減がより細かくできて、私はやりやすい。
母には申し訳ないけれど、編み方は人の数だけ、何通りあってもいいです。

お察しのとおり、編み物には、中毒性があります。
例えば、家中のテーブル、椅子、階段の手すり、柱、などなど
なんでもかんでも編み物でくるんでしまった南米の、
かぎ針編みアーティストがいる。
丸いカーペットに、立体的な鹿が休み、でっかいキノコがぼこぼこ生えている
まるで「森の絨毯」。これはインテリア雑誌で売りにでてた。
編み物には、一種の「ねちっこさ」があって、
「粘菌」みたいに自ら増殖する意思があるんです。

「TED」マーガレット・ワートハイムさんの話が面白かった。
彼女は、地球温暖化で「絶滅が心配されている珊瑚礁」を
かぎ針編みで制作して、美術館に展示する
参加型プロジェクト「IFF」というのを立ち上げた。
数学に関する記事や、本を書いているサイエンスライターの彼女が、なぜ?
ユークリッド幾何の数学者達は、数学を記号としてのみとらえていたから
自然界にあるフリフリのレタスや、ウミウシ、サンゴの形態を
「空間のひとつのあり方」として認識することができなかった。
何億年もまえから、存在していたのに。
非ユークリッド幾何学のむづかしい理論を
美しいサンゴの形を「編む」という遊びから、手を使って学ぼうと言っている。
大人のための幼稚園、シンクタンクならぬ「プレイタンク」を提唱している。
このプロジェクトは、2005年以来、
より多くの人、より大きな空間で継続され、
あらたな編み方、あらたな形を模索しながら(つまり新種ですね)
毛糸の珊瑚礁は今も増殖している。

編み物は連続した「一本の糸」という点も私の興味を引きつける。
一本の線である「糸」が、立体になる不思議。
立体化にあたっては、編み手の情念みたいなものが介在していて、
だから、手編みのセーターをプレゼントされた男性はビビッてしまうのだわね。
(私は、したことないですが)
建築を見てても、それは一緒だなと思います。
ロシアのキジー島にある木造の「ブレオブラジェンスカヤ教会」
釘を一本もつかわない、タマネギ頭のドームたちは
「情念の塊」以外の何者でもない。
でもそれを作れる人はもういなくて
修理もできないから、朽ちていくだけらしいです。
もったいない。世界遺産なのに。
サンカ手袋も、伝統編み物としてほそぼそ引き継がれてきましたが
これを専門に編む「編み手」はいづれ、いなくなるのかもしれません。

東欧には、手袋を贈る習慣があって、男女の恋の成就に関係があるらしい
漁にでる人や、遠くへでかける人、
大切な人に編んで贈るものなんだそうだ。
当然、呪術的な文様も編み込まれるし
そこには伝統的な意味がこめられている。

2013/1/18  霜柱

今年の元旦は寒かった。
早朝の道ばたで、おや、足が止まった。
「霜柱」? でもいつものヤツではない。
霜の結晶様に枝分かれした上部、
その枝分かれの形のまま、下に5〜6cm立ち上がっている。
それが、この道沿いにずっと続いている。

そんなものは今まで見た覚えがない。
気がつかなかっただけだろうか。
(こんなに下ばかり見て歩いているのに?)
ここに来る途中では
地面全体が盛り上がる、普通に見られる霜柱だった。
なぜこの道だけ?

あんまりきれいで不思議なので、
翌日また早起きして見にいった。
昨日よりちょっと形がぼやけている。
今日はいくぶん暖かいから?
それにしてもきれい。
持って帰れないのが残念。

子どものころには、見なかったものを
故郷で見るというのは
だいたいにおいて悲しい。
例えば、田園地帯をまっすぐにつっきる広い舗装道路とか
ゴミ処理場の新しい大きな煙突とか。

ここでは見た覚えのない植物の
「ネジバナ」や「ガガイモ」を見つけたときは、
過疎化でますます自然に帰って行く途中なのかと
これもちょっと寂しい気持ちが無くはなかった。

そしてこの霜柱はなんなのだろう。
土質と、
乾燥と(高い樹がなく、北から吹く、からっ風が直接あたる場所だから)
気温が大きく関わっているんだろうか。
人通りの少なさ、もあるかもしれないね。
氷の結晶の実験では、振動があると成長しにくかった。

でも、まてよ、もしかして
霜柱って、上に土が乗ってる事が多いから気がつかないけど
そういう形に凍って行くもの、なのかも?
水分が多い場所では縦の隙間がなくなるほど密集しているだけでは?
窓ガラスの向こうで霜の花(結晶)が成長して行くときも
あんな風に繊維状にのびていくんだった。

これは私の自由な連想だから、
自然科学的に正しいかどうかは、関係ない。
お正月から、新発見をしたのかと、思ったのだけど。
今一番気になるのは、来年も見れるかな、というところ。

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