25

botan

ミヤハラヨウコの日記

好きな本や物 や
映画のこと
食べ物のこと
植物のこと
思いついたことを
文章にしてみよう思います


2012/12/13  夢

人から夢の話を聞くのが好き
眠っているときに見るほうの夢。
かなり無茶なストーリー展開とか、楽しいです。
夢は映像と映像の羅列だから
聞き手にも、鮮明に絵が見えてしまうのかもしれません。
バラバラの映像の羅列に、脳がかってに順列組み合わせして
お話として仕立てるのだ、というのが最近の説。

でも、映像だけでは伝わらない基本情報というべき存在もある。
例えば、登場人物。
まったく知らないこの人は、なぜか自分であったりする設定とか、
または家族構成などを知っている不思議。
始めての場所なのに、
ここはどこで、なんのための建物である、などと
周知の事実であるかのように(すべてではない、分からないことばかりの時もある)
知っていることの不思議。
これらはどこから入り込んでくるんだろう。
やはりかってに…脳が。

とくに変わった話ではないけれど、今回は私の夢の話
「メキシコの物件」とでも呼びましょうか。
これが記憶に残っているのは、
「何度も再生するから、その都度鮮明になって
新たに記憶に刷り込まれる」て話ですよね。まあ、そうなんでしょう。
でもね、やっぱり不思議。
何度も再生するっていっても、その全体を再生するわけではもちろんない。
再生するのは、例えば、静止した1シーンでしかないのに
厚みを持ったフィルムのようで
時間と空間の細部をいっぺんに含んでいる。
そして細部は見なくても、その存在は忘れていても、
その1シーンだけあれば、伝わってしまう。
私のなかで「メキシコの物件」と言えば、それがゆらゆら立ち上がってくる。
その一枚がほどけて、映像になって、お話になってゆくんです。
脳の記憶の形態も私の中ではそんな姿をしていると思うんです。

私は、メキシコで物件を探している。
ベージュの薄物のワンピースなんかを着ている…
ように思っていたけど
よく考えると視線は、足元とか、手先とか
自分の全体像が見えているわけではなかった。
そういえば、夢は、人物の中から見る夢と
人物の外(俯瞰)から見る夢があるね、なぜ?
それから「夢はモノクロ」ていう話も聞きますが
私のは総天然色。(はい、きっと脳がかってに)

案内されたのは
麻縄を作っていた工場らしい。
なかには、多少機械類も放置されている。
厚い黄土色の土壁はあちこち崩れていて
メキシコによくある、白しっくいではない。
下は土間。
高さもあっちこっち、ちがっていて
歩きづらい。
機械を置いたり、人が座る位置だったのかな?
スロープの先で一段高くなっているのは、
トラックをつけて、荷の積み降ろしをする場所らしい。

工場の周りの低い塀の向こうにはリュウゼツランの畑。
リュウゼツランといえば、テキーラをつくる話は知っているけど
麻縄工場なんだからロープを作っていたんでしょ?
と思い、最近になって調べたら、
同じリュウゼツラン科のサイザルアサという植物からは、
麻に似た繊維を取るそうだ。
もちろんロープも作れます。
じゃあ、夢は正しかったんだ。

工場の前庭の一角に、小さな建物が別にあって
そこは工場の持ち主が住んでいたという話で、セット販売。
なかに入ると無骨ながらりっぱなテーブルや調度。
家具の下には、綿のカーペットがひいてある。
甲冑のようなものも、飾られていて
ちょっと悪趣味。
なんていうんだっけ、統治時代風?
メキシコ版、成金だったのかな。

ところが、梁の向こうが青空!?
屋根がまるまる、ない。
雨が降ったら困るなあ
と思っていると
ここは雨は少ないから大丈夫だと
不動産屋は自信たっぷりに言う。
私は、ロバがいたら文句ないんだけど
ロバもつけてよ、などと、考えている。

乾いた黄色いほこりっぽい道は
でこぼこして真ん中に草が生えている
豆科植物の樹が二、三本。ちらちらする木陰。
ハンモックをさげるのに調度いい。
近くの小川がめっちゃ気持ちよさそうだ。

商談が成立したかどうか、覚えていない。
夢はそこまではいかなかったようだ。
そこを買ったら、どういう生活が始まるっていうんだろうね。
ぜひその続きを見たかった。
連続ものの夢は最近とんと見ていない。

2012/10/3  台所の竹籠

去年、引越しをした。
間取りが変われば、収納もかわる。
台所は、奥行き高さなど、おおよそのサイズはかわらないけど
総容量はずいぶんかわる。
今回の引っ越しで、置けなくなった食器や調理器具は
段ボールにはいったまま。
でも、コンパクトになった分、作業効率はあがったようだ。

脱一人暮らしの時、台所の小物類をいれるのに
私にしては奮発して、竹製かごを4つ買った。
大きいのが一つと、小さいの3つ。
渋谷の坂の途中にあった民藝品店。
(そのお店も、2回の引越しを経て
現在、事務所のご近所さん。
前のお店も、ウチの前の事務所とご近所だったので
縁があるのねーと思ってはいた)

今の台所収納にサイズがぴったりなので
また、同じ竹籠を購入したいと
お店の方に聞いたら、
「ああ、あれね。あれはカビるからね」
若い店主は、吐き捨てるように言った。

お客さんから、よっぽど苦情を言われたんだろう。
ウチだってカビたよ。
湿度の高い日本の、しかも水回りの台所。
かビて当たり前。
その都度、アルコールで拭いて、日光消毒でかわかしてと
2、3回すればカビを寄せ付けなくなるのに。
カビた竹籠は、ぽいと捨てられちゃったんだろうなあ。
かわいそうに。

もっと違った対応を期待していた。
買う側だって、分かって買ってる人ばかりじゃないけど。
漆の椀を、スチールたわしで洗って「傷がついた!」
と、店に苦情を言ってくるお客もいるくらいだから
なに、言い出すか分かったもんではない、
というのが今の世の中なんだろう。
そうして、あの商品がなくなってしまったのなら残念だな。

セーター姿で、お店番していたおっちゃんの、もと店主は
上品そうなスーツ姿のおじいちゃんになっていて
おいてある商品だって、流行の飛びがんな、
九州の小さな竃場で作られている小鹿田(おんた)焼き。
最初はちょっとあかぬけなかったお皿も、
なんだか上品そうになっちゃって。
このあいあだ、BEAMSに置いてあって、びっくりした。
値段もBEAMS値段になってたし。

ええ、わかりますよ。
商品を、現地から運んで
付加価値をつければ、値段だって高くなるのは当然でしょう。
だけど、作り手に支払われる金額が、その3分の1以下なのが、
私は気になる。
岩手で見つけた、南部鉄のしゃれたデザインのフライパンは
東京で売ってる値段の5分の1くらいだったよ! 衝撃!

こだわって、いい物を作っている人たちは、
やっぱり、この商品にこだわって、愛情をもっている人に
売ってほしいし、買ってほしいと思ってるだろう。
生活様式が変われば、それによって多少変化はしていくだろうけれど。
定番は、変わらずにあってほしい。
かわらなければ、修繕もできるし、買い替えもできる。

たくさん売れれば、なくならない?
それだったら、私は、長く使う分、たくさん買わないから、
まったく貢献できてないです。申し訳ない。
日本中で、竹林がどんどん増えているから
「もっと竹製品を使いましょう」
なんて言ってみても、私では説得力ないです。

実家の裏山は、竹の林だったので、
春は、たけのこ掘り。夏から冬は、祖父が定期的に竹を間引いていた。
混みすぎると、竹の生育に良くないから。
切った竹は、一年に何回かやって来る、竹箒作りの職人さん用に取っておく。
あとは、竹竿が必要なときのために、
トタンを雨よけにかけて、軒下に積んであった。
秋に、これで台を組んで、刈り取った稲を天日干しする。
ほかにも、雨樋にしたり、塀の修繕につかったり。
農作業用の背負い籠をつくっている姿も見た。
竹はいろんなものに、姿をかえた。
私も、わけのわからない工作によく使った。
花瓶、皿、青竹踏み。(小学生だね〜)
残った残骸は、良く乾かしてからお風呂のたき付けに。
でも、竹は大きくはぜて、火の粉が飛ぶから、
安全距離を保たないとね。

今、家で使っている、スプーンやバターナイフは、竹製品。
木に比べると、厚みがとれない分、平板になりがちだけど
そこはデザインでカバー。
竹の箸だって、涼しげで水切れがよく、大勢の来客時に使っている。
割り箸は、ほとんど間伐材を使っているという話も聞くけど
竹の割り箸もいいと思う。
平丸籠は、夏の定番、そうめん用に。
こちらは学習したので、買った当初から、気をつけて
使ったあとは、天日干ししていたので、カビることはなかった。
料理屋の板前さんが買い物に持って行くような、
竹の買い物籠もほしいところだけど
そこは、仕事帰りのため
折りたたみのきく、エコバックで。

今年も、やっとこ秋がきたようだけど。
暑い夏は、ひんやりした竹の感触が気持ちいい。
きっと日本の風土にあっているんだろうね。

2012/8/8  旅行本

映画で「ロードムービー」と呼ぶ、このジャンルは
本だとなんて言うんだろう。
「ロードムービー」響きもいいし、それに比べて
紀行文・旅行記じゃ、いかにも自由度は低そうだ。
でも、旅をする本は好き。
「世界の使い方」というタイトルには、ん? となったけど
旅行好きにあげようと思って手にとったら、面白い。
つい自分で読んでしまった。
「世界の使い方」(英治出版)
もう少し読みたければ、
「ブーヴィエの世界」(みすず書房)

青年ニコラはフィアットに乗って
絵描きの友人と二人
ベオグラートから東へ東へ
ユーゴスラビア、マケドニア、イラン、アフガニスタン、インド
そこから先は一人旅、セイロン、ヨコハマ。

東欧では、絵描きの友達が個展を開いて絵を売り
彼は雑誌に文章を書く事で
旅費を稼いでは次の町へと移って行った
ロマの音楽を収録したりして
映画「カッジョディーロ」を思いだしましたが
こちらのほうがもちろん先です。

ヨーロッパの古地図に描かれたセイロン島は
「エデンの園」なんだとなにかの本で読んだ。
私は、アーサー・C・クラークが住んでた島だなって思う。
インタヴューで「スキューバダイビングをするのにいいから」
て軽く言ってたけど
スリランカ国葬の彼が、この国にどんなに貢献したか推して知るべしです。

旅にもどりましょう。
セイロンでは金銭的にも、精神的にもかなり追いつめられたため
これを「かさご」というタイトルで文章に書く事ができたのは、
長い長い年月がすぎてから。
彼がなぜ、一人でこの島に向かったか
それはどこにも書いてありませんが
本のなかに、ハタチの青年の写真が載っている。
彼が長い旅にでてしまった訳の一部が
その目を見ると、わかります。

旅の終点は昭和30年代の日本でした。
「旅のおわりは すかんぴん まったくの すかんぴんがいい」
自作の歌のとおりに、ポケットに所持金はほとんどなく
貨物船の厨房で働きながら、横浜港についた。
この珍しい放浪者を数人の日本人記者が取材しにきたが
彼がなにを求めてここにやってきたか
誰にも、本人にも分からなかったろう。

芭蕉の句を「沈黙すれすれの詩」と評する彼は
語学に堪能で、鋭く深い洞察力の持ち主なのでしょう。
日本という国に、素直にあこがれを感じたんだと思う。
ところが一方、大変な疎外感、
「小さくなりなさい。なにものも傷つけてはいけません」
そんな声さえ聞こえてくる。

東京、荒木町のアパートで暮らした彼には、
お金も仕事もありませんでしたが
近所の人々の、茶の間においてあるアルバムの写真を見ては
日本人の本質を言い当てたりする。

そんななか、彼が撮った写真が雑誌社に売れた。
石灰の浮き出たコンクリートの壁の前を、
鳶コートの老人が通る、赤ん坊をおんぶしたおかみさんが通る
子供たちが通る、先生も通る、芸子さんも通る。
お向かいのゴミ箱に腰掛けて、
彼は壁の舞台で繰り広げられるお芝居を写真に撮った。
時には、残飯をエタの人々と分け合いながら。
彼は、ヨーロッパ帰国の切符代を手にいれた。

お金のなかった彼は、そんな華燭はしていないはずだけれど
「美しい日本食ばかりでは、飽きる」
と、東北や北海道へも行った。
そこでアイヌの老婆に「あなたは美しい」と言ったりする。
小さくて繊細で美しい日本、そして単一民族ではない日本人の歴史。
旅人は外からやってきて、ずばりと核心をつく。
いやな目にあったこともあったろうに
その物言いは手厳しくともやわらかで、日本への愛情を感じます。

旅を終えた彼は故郷スイスへ帰り「図像調査士」という仕事につきました。
どんな仕事なんでしょう、聞いた事ありません。
本に掲載するのに、適正の図像をハンティングしてくる仕事らしい。
図書館の書庫で稀覯本、科学書、魔術書、古書をあさり、
写真におさめ収集する…と聞けば、古本マニアにしか思えない。
「現在」の探求を終えた彼は、「過去」の探求に向かったのでしょうか。
そういう彼の指向からすれば、
セイロンを選んだ理由もなにか、わかりそうですね。
旅の記録は、仕事の傍ら、ぽつりぽつりと文章にされ、紹介されました。
ニコラ・ブーヴィエ、著作は少ないけれど、人気があるのだとか。

夏。真っ先に思い浮かべる旅の話といえば
「モーターサイクル ダイアリーズ」
私も子供のころ、向こう見ずなバックパッキングの旅を
考えたことは、ないこともないけれど
やはり女子には危険すぎますものね。
バイクに乗って放浪の旅にでるのは若者の男子の特権なんでしょうね。

2012/6/7  はるみさん

団塊世代主婦のライフスタイルリーダー
といえばこの方ですよね。
オリジナルブランドショップをたちあげ、
一冊まるごと、自分の名前を冠した雑誌を発行
日本人ではじめて世界料理本大賞グランプリを受賞し
やりたいことは、とにかく全部やるつもりなのか。
若々しく元気よく、自分の道を開拓しつづけている栗原はるみさん。

図書館にいく時は、読むための本と一緒に、眺めるための本をもう一冊。
たいていは写真集か、料理本を借ります。
レパートリーを増やそうと積極的に努めている、わけではない。
料理本を眺めるのが好き。
ロシア料理のムック本は
表紙の、ピンクのスープがあんまり素敵で何回か借りた。
作ってみたけど、定番にはならなかった。
材料が、手にいれづらいのね。

はるみさんのレシピは、実用的なので
お料理のレパートリーをひろげるにはぴったりだろう。
TV番組などで、お料理をしながら手順を説明するのがすごく上手。
よどみなく手を動かしながら
ポイントを分かりやすく、しかも印象的に伝えている。
さすが、場数がちがいます。
本だとやっぱり勝手がちがうので、
「一番気を使うのは、文章表現」だと言っていた。
長過ぎてもいけないし
かといって短ければいいとはかぎらない。

たとえば、ひき肉のレタス包み。
醤油や砂糖、オイスターソースで甘辛く味付けして
ハルサメを油で揚げたのとあえて、レタスに包んで食べる。
神戸で初めて食べて以来、大好きな一品です。
家庭料理なら、ひき肉だけでも美味しいし、タケノコとかいれてもいい。
ストックしておいて、あつあつご飯にかけてもいいし、スープにいれてもいい。

はるみさんのレシピの詳細を忘れたので、
私なりに紹介すると
よーく熱したフライパンに、ひき肉をいれ、
火を弱めて、ふたをする。
油がでてきたら、しゃもじなどでかき混ぜながら全体に火を通し、
肉がぱらぱらになるまでよーくよーく炒めます。
油が浮いているようではいけない。
はるみさん言うところの「ひき肉は炒めきる」でも、こがしちゃダメ。
これがおいしさのポイント。
なるほどー、伝わります。

炒めきったら、いったん火を止め、
醤油、オイスターソース、砂糖などで味をつける
私は最近、オイスターソースの代わりに、
コチジャンとハチミツいれるのが好きです。
味付けの黄金率は、お好みでくふうしてみてくださいね。
味がきまったら、もう一度火にかけて、照りをプラス。
牛やブタひき肉の場合は、濃いめの味付けでしっかりと。
トリひき肉の場合は、お醤油控えめ、白味噌風味もいいです。

台湾で食べた「鵞肉麺」スープにひき肉が入ってて、
スープは最後まですごくおいしかった。
ひき肉のそぼろを別に作っておいて、スープにいれているんだろう。
お品書きの「鵞肉」がなんだか分かんなかったけど
多分アヒルとかガチョウとか、そのあたり…?

レシピ本というと思い出す話がふたつ
テキストだけの料理本「修道院のレシピ」
平積みの黄色い表紙をみて、すぐさま購入しました。
お料理を、想像するのがなんといっても楽しい。
「じゃがいものピュレ」ロブションも作ってたけど最高においしそう!
(単に私がじゃがいも好きというだけかもしれませんが)
十分に想像力を働かせたあとは、実際に作って、お腹も満足させましょう。
写真が、少しついているけど、本としてこれは余計でした。
潔く、全く載せないほうがよかった。
(闘ったあとは、認めます)

ふたつ目は、フランス宮廷料理のレシピ本
こっちもやっぱり、挿絵なんかない。
だから伝承されずに「忘れられてしまった料理」というのがいくつもある。
(ほらねやっぱり、と思う方もいるでしょうが)
それを復活させようとしている若い男性の料理研究家が
TVで、肉詰めのパイを作っていた。
いろんな動物の血や肉を使って、パイのなかに立体的にレイアウトして
切り口を美しく組み立てるのが、ポイントだった。
今「ジビエ」といえば、多少認知されているけど
その頃は、そんな言葉知らなかった。中学生だったから。

パイ生地の堅さ厚み形状、味。全くの手探り。
それが正解かどうかも分からない。
銅のパイ型はどこかのアンティークショップでみつけたんだ、
とかなんとか言っていた。
上にお花の模様が浮き出た紡錘形で
天地の途中はくびれていて、
そこをしめるための留め金もついていたように思う。
オムライスみたいに、上からパカッとはずすなんていう、
簡単な構造じゃなかった。
となると、もちろん竃で焼く。
パイを切り分けるところが、クライマックス。
切り口は、ピンクから濃い茶色までのパッチワーク。お見事!

彼のキッチンは、おとぎ話にでてくる、お城の厨房みたい。
大理石の天板。おおきな暖炉と竃。不思議な形の銅製パイ型の数々。
本人はといえば、コックというよりは、王子様。

お料理のでてくる映画や本、大好きですが
最近は、王様を接待すべく、館内のすべてのしつらえ、すべての料理、
すべての余興をとりしきったあと
自殺してしまった「宮廷料理人 ヴァテール」を思い出して
なんだか胸やけしそうです。
フレッシュで楽しい、お料理映画の新作を待っています。

2012/3/9  プラテーロとわたし

以前、持っていた本は
春夏編、秋冬編に分かれていたが
昨年、また一冊の本にして理論社から出版されました。
(編集の方に伺ったところ、一番最初の版に戻ったのだそうです)
震災の後すぐの、春のころだった。
なんて時宜を得たことだろうと思い
また読んでみたのでした。
なにか重たいものが沈殿して、停滞していたような日々でした。
まもなく一年が経過しようとしています。

ヒメネスは若くして、詩の才能を認められ
都会へでましたが、精神を病んで入院。
その後、田舎へ戻って療養しました。
その時期に飼われていたのがロバのプラテーロ。
黒い帽子、黒い服、まるでお葬式の格好で
小さなロバに乗って歩き回る詩人。
彼は少し前に父親をなくしていましたし
意味があったのだろうと思いますが
その格好を、ロマの子ども達が遠くから、からかう。

一日中なんにもしていないような詩人とロバの
なんでもない一日が、短い文章で綴られている。
ところが、なんでもない一日というものはこの世にはなくて
今日は昨日と違うし、おとといとも、一昨年とも違っている。

税関吏に通行税の申告は、と聞かれて、
「蝶々です」とロバの積み荷をあけて見せる詩人。
丘のスミレまで子供たちとかけっこをして、
一等賞のご褒美に花の冠をもらうプラテーロ。
プラテーロのだいすきなザクロ。
水飲み場の青くしげるイチジクの実。
プラテーロに見せてあげたいと思う、
井戸のそこのトンネル。高い塔の上からの眺め。
私たちはプラテーロの目になって
モゲールの風景を感じ、冷たい水の流れに手をひたす。

「いつもどこで何をしていても、きっとそこへ帰っていく気がする」
と詩人が書いている、赤い丘の上の松。
そこは詩人にとって、いちばん大切な場所。

訳もとても良かったし、長新太さんの絵がぴったりで、ほんとうに素敵。
(プラテーロとわたしは、岩波文庫からも出版されていますので、
 お間違いなく)

この本の後に、宮沢賢治を読んでいたのですが
スペインと岩手、こんなに離れていても
色彩感覚、なんて似ているんでしょう。
どちらもすばらしい詩人に違いはありませんが、
岩手とスペイン、色彩が似ているのかも。
ローマに行った時、植物や空気感が日本の色彩と近い気がしました。
といっても、それは関東近辺のことです。
関西はまた違う色彩ですし、
東北もまた違う色彩なのでしょうね。

子どもの頃、たしかTVで、「プラテーロと私」をやっていた。
文章を読む人の声意外、全く記憶が残っていないけれど
あれは、岸田今日子さんではなかったかと思う。

1938 books+products / All right reserved. (c) Yoko Miyahara