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botan

ミヤハラヨウコの日記

好きな本や物 や
映画のこと
食べ物のこと
植物のこと
思いついたことを
文章にしてみよう思います

 

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2010/6/17 セバスチャン・サルガド

1994年の写真展「WORKERS」
圧倒的な大きさ、そこにいる繊細で緻密な小さいもの。
すっかりファンになりました。
ゼラチン様の時間と空間を
サルガドのナイフがあざやかに切り取って
現像室できれいに乾燥させたら、
こんな薄い膜になりました、という感じ。
100年むかしの写真がゼラチンを使うのには
ワケがあったんだなあと、
また間違った一人合点をしてしまいます。

ブラジルの空堀り鉱山
鉱石を背負う、おびただしい数の人々は
断崖の長いはしごにとりついて地上を目指す。
まるで昆虫の世界のことのよう。

「モーター サイクル ダイアリーズ」で
若きチェ・ゲバラが訪れた鉱山は、
あれは、チリだった。
映画では、ガエル・ガルシア・ベルナルが
感傷的で、若者らしくて、よかった。
でも、誰かにおすすめ、するとしたらこっち
「ラテンアメリカの光と影の詩」
ラテンアメリカという世界の、
不思議さと悲惨さと、とんでもなさが
ぎゅっと詰まっていて好きです。
アルゼンチン最南端の街から
自転車で家出をする少年は、
離婚して一人ブラジルにいるらしい、おとうさんに会いに行きたかった。
なぜか「惑星キンザザ」を思い出すのは
映像の質感が似ているんだと思う。

インドの海岸。
波打ち際の、大型貨物船と砂粒ほどの人間の姿。
傍らで見上げる船は、空を覆いつくす大きさだろう。
そばに立ったら、今にも船が倒れてきそうな
でなければ自分が、平たく船にすいこまれ
おかしな磁場に巻き込まれる気がするだろう。
これは難破船ではない、ここで解体されるのをまっている
砂浜の人々は全て手作業で、それを行う
危険で有害物質にまみれながらの作業。
チャンスがあれば、造船所を見たいと思っていたが
インドにいけば、巨大タンカーが小さくなっていく一部始終が見られる。

子供を抱きしめる、なめし革のような皮膚の老人。
押しつぶされそうな小さくてひ弱な人間、ではない
それは強さと美しさをみなぎらせた人間の姿。
一番近いものといったら、
ギリシャの赤と黒の壷絵でしょう。

サルガドの写真は「人間の尊厳」てよく言われる。
きっとそうだろう
でもそれだけでは、ぴったりこない。
報道写真というカテゴリもなんだか、ハテナです。
写真が、完璧な美しさで輝いている。
それで「悲惨な状況を美しくとらえすぎている」
と、批判もされる。

「美しいものを写したのではない」
フォトグラファーは
常にそこにいなければいけない。
彼らと共にいなければ
写真に撮るべき瞬間は
ほんの一瞬しかない、だから常に一緒にいなければ。
シャッターをおす瞬間を逃してはならない。
「その瞬間が美しかっただけ」
とサルガドは言っている。
昨年開催された「AFRICA」
あれから、15年たったのですね。

最近のサルガド、スキンヘッドだった。
以前、ひげを蓄えていた頃の
おだやかで知的な紳士という印象はなくて、
ひとすじなわではいかない老獪な感じ。
(第二次大戦中はイタリアで従軍したという、
パリの果物屋のおじいさんを思い出しました。
リンゴを持った私の手を取って、
リンゴ洗ってあげようか?
と聞いてくれました。
いやいや、エロ親父ではありませんて)
この15年がひどく過酷なものだったのだろうね。
ますますファン。

牛飼いの部族の写真も素敵だったけど
私が好きなのは、戦争が始まる前の、高原のお茶畑。
茶葉を摘む、農夫の手。すごかった。
それは、わたしたちの祖先の手。
人類がアフリカを出発するもっともっと前の時代からうけ継いだ手だ。
わたしたちの中にあるルーツを思い起こさせる。

サルガド、次のテーマは人間のいない風景「GENESIS」
また15年、だとしても待っていますから。

ちょっと思い出したのでつけたし。
母の実家では、新茶の季節には一族総出でお茶を摘んで、
一年分のお茶を作っていました。
母の兄、私の叔父のお店は、屋号をチャッパヤ(茶葉屋)といって、
もとは、そのお茶を商っていたのですね。
庭に茶を煎るための、大きな釜場があって
それを思い出すとすぐに、新茶の香りも浮かんできます。
先日、中国茶の真空パックをあけたら
なつかしい香りがしました。
田舎のお茶は野趣がつよいですし、根底の香りは違いますが
先触れに、ふんわりとした甘い香りがするんです。
残念ながら、最近の日本茶、あれは乾燥機の香り。
もっといいお茶ならそんなことはないんだと信じたいですが。
そういうものを、常日頃、飲めるわけもありません。
ありがたい事に、九州から毎年新茶をいただきます。
こちらはもっと鮮烈な、九州の日差しを思わせる香りです。

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2010/5/17 Green Guerrilla

「ピーター・バラカンの番組で(…だったと思う)
放置された植え込みや公園の花壇を、
夜中のうちに、勝手に植栽してしまう若者たちの活動を紹介していた。
イギリスの地方都市の話で
自分たちを「グリーンゲリラ」とよんでいた。

人々に見捨てられたような一角が、
一夜にして手入れされた花壇に変わっている。
もちろん、その後のフォローもしっかりと。

ゴミ捨て場同然だった場所については当然、
でも公園の花壇であっても、
長持ちするからとか、こまめな手入れがいらないからとか
彩りもなにも考えないで穴埋めのように植えられている
という点が問題なんだと言っていた。
彼らは、人が見て気持ちのいい花壇にしたかった。

今、イギリスでは、そういう人たちを「グリーンガーデナー」とよび
NYで活動してるグループを「グリーンゲリラ」とよんでいる。
とくにNYでは、スラム地区の緑化が成功して、
コミュニティー活動のできる場所に変わり、
成果をあげている、というのを
また別の時期に、べつの番組で見た覚えがある。

映画「グリーン カード」でも
主人公の女の子がそんな活動をしていた。
(もちろんゲリラではなかったです)
そして、古い温室付きアパートメントほしさに
不法労働者と偽装結婚をするんだった。
確かに、すばらしく素敵な温室だった。

You-tubeを見ていたら、
東京でもそんな事をやっている若者がいる。
健康的で、若者っぽくて、彩りもいいと思うけど、
植物をえらべば、もっといい結果がのこるよ、て伝えたい。
花の大きな観賞用の植物は
やはり手入れが必要だし
来年、またそこで咲くとはかぎらない。

色とりどりの、園芸品種が咲き乱れた花壇より、
空き地いっぱいに元気よく勢力を広げている
クローバーなんかを、私はうつくしいと思う。
近所の、古い公団アパートが取り壊されて、もう3年。(4年かな?)
空き地といえば、以前はセイタカアワダチソウが一大勢力だったけど、
最近は、2m以上に育った大きなものは見かけないし、
敷地いっぱいまで占領してるような場所を見なくなった。
ここは今、クローバーとオレンジのナガミヒナゲシが
咲くグリーンの絨毯。

ナガミヒナゲシは外来種だけど、日本の緑(色)によくマッチしている。
以前はなかったわけだから、それによって
なにかが淘汰されてしまったかもしれない。
でも、こんなによく見るイチョウの樹だって、日本では外来種だ。
ここが空き地であるかぎり、来年もきっと咲くだろう。
勢力競争があるので移り変わりもあるだろうね。

ローマの美術館の中庭には
芝生にまじって、小さなノコギリソウやヒナギクが咲いていた。
ヒナギクはイタリアの国花だそうです。
グリーンにちらされた白い点々は
野生種のように見えるけれど、
きっと種をまいた人が居たんだろうね。
チャーミングで、いかにもイタリアらしい。
ロシアの小さな街の道ばたでは
カモミールが、雑草のように元気に育っていた。
犬たちのおしっこ攻撃は多少あるだろうけど
(リードをつけない犬が、時々散歩しているので)
お花を摘めば、お茶にもなります。

そういえば、渋谷のスクランブル交差点から
西武へ続く街路樹の根元には
冬のあいだからハコベがたくさん新芽をのばしていた。
あの明るいグリーンは、寒い季節に元気をくれました。
これは手入れがされていないから、て話ですけどね。
あまりにも、ありふれているこの草は
英語でもフランス語でも「小鳥の草」
英語圏の人も、フランス語圏のひとも、
自分の小鳥にあげるのですね。
ビタミンが豊富なんだそうです。
人間も食べていいみたいですよ。

そう、日本にも小さなかわいい雑草がたくさんあるんだから
難しい手入れをしなくても旺盛に生きる植物を使えばいい。
まあ、ブタクサでは困るし、
帰化植物のほうが元気がいいのが悩み所ですが。

世界中で樹を植えている宮脇さんは、
その土地にあった植物をいくつも選んで、たくさん混ぜて植えていた。
「まじぇる、まじぇる」っていいながら。
自然の植相がそうだから。
その方が、競争もあって、植物の成長が早いそうです。

1970年代、NYの初期グリーンゲリラは、
普通の人が立ち入れないような危険な場所に、
お手製のタネ爆弾をなげこんで、緑化をしたんだそうです。
グリーンゲリラの名にふさわしいですね。
きれいな花がさいて、樹がいききと実をむすんでいる場所では
薬の密売や、強盗、銃撃戦をしようっていう気に
ならなかったのですね。

都内にある空き地は、
有刺鉄線なんかで閉鎖されているのがほんとに残念。
建築物の残骸が残っていたりして危険な場所もあるけれど
ほとんどが更地で、のびのびと樹がそだっていたり、
地面は自然にはえてきた緑におおわれている。
花壇も歩道もいらないし、ただ草っぱらの状態でいいから
積極的に解放してくれたらいいのにね。
どうせ使っていないんだから。
(なんなら入場料とっても文句いわない)
不法投棄や、不法占拠を心配しているのだろうけど
気持ちのいい緑の広場には、だれもゴミをすてたくないし、
大切にしたいと思うはず。
それこそがグリーンゲリラの主張なんだよね。

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2010/4/18 Curious Myths of the Middle Ages

「ヨーロッパを巡る異形の物語」 
サビン・バリング=グールド/著
なにか変? と思っていたら
1875年、135年前の本なのだそうです。
著者は、キリスト教の聖人伝説を
ばっさばっさと切りすてる。
当時としては、かなり大胆だったのでは。

ヨーロッパの幻想文学から伝説まで
幅広く紹介する形をとりながら、
キリスト教のいくつかの聖人の物語は
それ以前のドルイド教の古代神など、元の形があって
それを吸収して変形したのが聖人伝なんだと言っている。

(クリスマスだって、そうだ。もともと冬至のお祭りだった
12月25日というお誕生日だって、あれは会議で決めた
だから残念、と言っているのではないのです。
世界中でこれほどみんなが一つになってお祝いしたり
感謝したりする日があるでしょうか?
未来のいつか、本来の意味に立ち返って、
地球で一番陽の短い日に至り
明日から始まる春へのカウントダウンを
感謝してお祝いする日が来るかも知れませんし、
気象激動期へ移りつつある今となっては、ないかも知れません)

特定の聖人たちは存在しなかったし
ウィリアム・テルも、忠犬ゲラートもいなかった。

「忠犬ゲラート」は、なじみがないので
お話を紹介すると、
かしこい飼い犬のゲラートは、ある日
赤ん坊のお守りをまかされ
主人は外出した。
そこへ、大きな蛇(オオカミという説も)が現れて
赤ん坊を丸呑みしようとした。
犬は、蛇と闘ってこれを倒し、自分も大きな傷をおった。
主人が帰って来て、
血まみれになった、犬をみて
赤ん坊を殺したと思い込み、犬を処分したところ
無傷の赤ん坊がみつかり
自分の誤りを深く悔い、
犬を手厚く葬った、という物語。

アジアや中近東にも、似たような話があるのを
紹介している。(もちろんこっちの方が古い)
ロシアの民話にも似たような話があって
私も、絵本を読んだおぼえがある。

農家で飼われている老犬は
ある夜、農夫と奥さんの話を盗み聞く。
もう役にたたないから、
森にすててしまおう、という話だ。
犬は、自分の行く末を知って、
悲しんでいると、オオカミがやってきて
事情を聞き、力を貸してくれると言う。
筋書きは、農家の赤ん坊をオオカミがさらって、
犬は、それを農夫のもとに、返してあげるのだ。
作戦はうまくいって、
以後、犬は農家で大切にされる。
オオカミが、なにか交換条件を口にしたような気もする。

細かい点でちがっているが、
赤ん坊を助ける犬、という点で、いっしょ。
それらのお話は「古い時代からの引用であって
もともと人々になじみのあった物語を、
時代にそうように焼き直しただけ」

けれど、お話の途中で、こんな事も言っている。
現代(1875年当時の)イギリスの地方紙の記事を紹介して
ある主婦が、友達とのおしゃべりに興じすぎ
夕食のしたくに遅れた。
帰って来た主婦を、その家の主人は家にいれなかった。
鍵をかけたドアの向こうで
「おまえなんか知らない」と言ってのけた。
夜もふけて寝る時間になったが
扉はあけられず、主人は寝室へ行ってしまった。
主婦は「庭の井戸に飛び込んで死にます」
といって、大きな石を古井戸へなげこんだ。

水音をきいた主人は、
本当に奥さんが飛び込んだと思い
あわてて庭へ駆け出してきた。
ドアの後ろにかくれていた、主婦は
すかさず、部屋にはいって鍵をかけ
「あなたなんか知らない」と主人を閉め出した。

これは古い文献にのっている話とうり二つで
つまり「この話は実際にはなかったのだ」
といっている。
(さすがイギリス人!)

伝説にまつわる詩も紹介している。
トーマス・ムーアの詩は
なにか、ボブ・ディランの
「風にふかれて」を思い出す。

アイルランドの古いフォークソングに
トーマス・ムーアが詩をつけたもので
(当時すでに民謡として定着していた)
CDがでているのを見つけた。
ジョン・エルウィスという人が歌っている。
本の中では、詩の題名は紹介されていなかったけれど、
内容から「フィヌオラの歌」
という曲のようだ。
機会があれば聞いてみたい。

さらに、さまよえるユダヤ人に会った話(の伝聞)とか、
ダウジング、尻尾のある人間などを
信頼できる筋の話として書いている。
本の最後は、数字に秘められた不思議。
9のかけ算の不思議、または、
王様や教皇達の、日付・数の因縁などについて。

上下2巻で充分ながいこの本に、
「この説明にこれ以上文章をさくことはできない」などと
ページ数を気にしているところが、クスッとおかしいが
100年以上読まれているという本は
時代をこえて、人々の興味を惹き付ける
普遍的な魅力があるということだよね。

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2010/3/31 スルタンの象と少女

2006年秋
夕方のニュースをみていた。
ほんの1分にも満たない海外の映像だった。
操り人形の象と少女が
(それが、とてつもなく大きい!)
フランスのル・アーブルという街を歩き回っていた。

なにか、演劇のようなものらしい。
象の鼻からふきだした水しぶきが
観客を濡らしている。
キャーキャーいう声が、楽しそう。

それは、ロワイヤル・ド・リュクスという
巨大オブジェを使ったアート集団で、、、
という話を、リケットさんが教えてくれた。
ネットでもう少し映像が見られた。

去年、横浜でも
この劇団がパフォーマンスをした
巨大蜘蛛が横浜を歩きまわった。
(残念ながら見ていませんが)

先日、レンタルショップの棚にみつけた
あの少女のDVDにちがいない。
「巨人の神話/スルタンの象と少女」

象と少女の前に、
巨人がやって来ていたのですね。
「子どもたちが生まれる前」
そういって話始める街の人々にとって
空から落ちてきた巨人のお話は
すっかりこの街の伝説のような位置にいる。

巨人にまた会いたい、という人々は
それが一個の独立した人格のように話します。
巨人と目が合うと、
怖くて大人の手をぎゅっとつかんでしまった子も
たくさんいたようですが、
とらわれの巨人は、
ちょっと悲しげな瞳をしていました。

夜明け前、巨人は檻をこわし、光の壁を破って
いなくなりました。
自由を得たのでしょう。

1年後、旅から戻った巨人は
人家の中に落ちこんで、身動きのならない状態でした。
みんなが巨人を、助け出してあげたいと望んでいました。

巨人は、地図とコンパスを持って
筏に乗って去って行きました。
港で見送った老人が、泣いていました。
「ずっとここに居てほしかった」

その後、巨人は嵐にあってアフリカに漂着したそうです。
そこで、アフリカの巨人の男の子を養子にもらいました。
夕方、巨人の男の子のあとをついて歩く
アフリカの子どもたちのシルエットが写る。
巨人の男の子も、彼らとおなじように
美しい頭の形をしています。

巨人の男の子は、ハンモックで昼寝をし
おいしい食事をぱくぱくとたべました。
巨人が旅の話をしてあげると、
男の子はそれを自分でも見てみたいと思いました。

巨人は男の子をフランスへ送り出しました。
キリンの親子も大きな木箱に梱包して竜巻にのせて送りました。
木箱には、大きな切手も貼ってありましたが
「郵便じゃ送れなかったろうね」
と街の人々は言いました。

巨人の男の子は、
街中を歩き回り、満足すると、
キリンにまたがって
船にのり、アフリカへ帰っていきました。

そしてはじまりから13年後、2006年。
木製のロケットが街の広場に不時着しました。
ロケットからでてきた巨人の少女は
まぶしそうに目をしばたいて
初めて見るこの世界を
驚いたように、興味深そうに見まわしました。

キックボードに乗ったり
ぺろぺろキャンディをなめたり、
子どもらしく、少しもじっとしていません。
公衆の面前でおしっこしたりもするのですよ。
もう、おかしくて、びっくり。

また別の場所では、インドのスルタンが夢にでてくる少女をさがして
巨大な象をタイムマシンにのせて送りました。

スルタンの象と少女は
ついに街の中で出会いました。
象の鼻にのって、パレードをしたり、
よりそってうたた寝をしたり、
朝のシャワーをあびたり。
(もちろん象の鼻を使ってね)
その後、少女はロケットに乗って帰っていきました。

巨人や、キリン、少女を操っている
赤いイギリス風の衣装をまとった人たちは
リリパット、またはちいさい人、と呼ばれました。
自分たちと同じ大きさなのに、小さい人。
ある少年は、母親に赤いリリパットの衣装をつくってもらいました。
巨人を思い出すとき、男の子はリリパットになるのですね。

街の別の場所でも、いろんなことが起こっていました。
ナイフで半分にカットされた、バス。
針と糸で、道路に縫い付けられた、車の列。

そして、いろんなところで、この一連の出来事が
どんなふうに自分の目に映ったか
街の人々は話あっていました。
ビールを飲む、ふつうのおっさんとおぼしき人でさえ
あれがどんなに不思議で美しかったか
自分の言葉で表現するのです。
もちろん、否定的な意見だってあります。

日本人もそうなれたらいいです。
自分の言葉を持てたら。
それを尊重して受け止める土壌ができたら。

先日、子どもの本コーナーでふと手に取ったフランスの翻訳本
「ルウとおじいちゃん」
中の一場面、授業の内容に、なるほどなぁと思いました。
羊飼いと羊のお話でした。

羊飼いは、大好きな羊の安全を考えて
出かけるのをとめるのですが、
自由が大好きな羊は
出かけて行って、オオカミに遇ってしまいます。
羊は一晩中オオカミと闘って、
最後には食べられてしまいました。

オオカミが悪いとか、そういう話にはなりません。
解釈はそれぞれの子どもたちがするのです。
個人の自由とはなんなのか、自分で考えるのです。
大人が読むには、ちょっとものたりないですが
こどもだからできる発想と一生懸命さ、楽しい本です。

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2010/3/10 はじまりの物語

「神話」とよばれるお話は
世界中にたくさんあって
ユニークで不思議。

中でも、興味をひかれるのは
はじまりの物語。
つまり、
むかしむかし、
世界はどんな姿をしていて
どんなふうにはじまったのか
海や山、植物や動物、
人間はどうやって生まれてきたか
神々の出産とはどういうものだったか。

ズデニェック・ブリアンの描く
古生代のシダの森や、ジュラ紀の恐竜たちも
私にとっては神話のひとつです。
溶岩の海
重い大気
数えきれない生命の実験場
大地にしるされた一歩
研究がすすんで、今となってはこれが正しいとは
言えなくなったから、というよりは
その独創性から、すでに神話の域。

7日間で天上と地上を創造したお話は
世界中で一番有名だけれど、
「世界は、歌から生まれた」
というお話が私は好きです。

神をたたえて歌う精霊たちが
声をあわせ、ハーモニーを作れば
高い山々が立ち上がり
泉があふれ、川となり
大地が生まれる。
その中の一人が、不協和音の実験を試みると
生まれでたものは…。

これはトールキン
「シルマリリオン」創出のお話。
トールキンはこれを、発表する前になくなりました。
著作として発表するつもりは、なかったかもしれません。
「指輪物語」を執筆するにあたって
自分の為に、指輪世界の創造を試みていたのです。

そもそも、教授職のかたわら、古代妖精の言葉を創作していた彼は、
それに付随する神話も考えていました。
「言葉とは、それ自体、神話をはらんでいるものだから
言葉があれば、そこに神話はある」

その後、妖精の住む国には、
あたらしく人間も住み始め
中つ国という世界の物語が生まれたのです。

彼は古英語学の教授でしたから、
古い物語をたくさん知っていました。
きっとこのお話も、読んだにちがいない
そんな物語に出会うと、うれしくなります。
もちろん、それらをつなぎ合わせたら、
あのお話になるというものではありませんが。

先日「Dr.パルナサスの鏡」見ました。
「物語を紡ぎ続けないと、世界が終わってしまう」
秘境の雪深い高地にこもって、
修行僧たちと、物語の創出にはげむパルナサス。

物語に出来、不出来があれば、
世の中の出来事にも出来不出来があるかもしれない、
まるで脚本家のように
創作意欲を絞り出し、試行錯誤と試練の日々?!
おっと、これは私の勝手な想像です。

こんなおちゃめな神話(宗教かしらね)を考えだすなんて
いかにもテリー・ギリアム。
悪魔とパルナサスがはじめて出会う場面です。

僧たちの、口をひねりあげて
誰も、物語を語れないようにしたら、
さあ、世界は崩壊するのか?!
悪魔の揚げ足取りともいえる挑戦に、
少しもくじけず
また新たな発見をしてしまう。
悪魔が永遠を生きなければならないとしたら、
そんなパルナサスを放っておくわけがありません。

歳をとっても、相変わらず澄んだ瞳の
ピーター・オトゥールが、はまっていました
(ちょい役でしたが
「アラビアのロレンス」と
まったく同じアングルで、
これはちょっと楽しくてうれしい)
若かりし頃のパルナサス。
なにしろ、1000歳だそうですから。

小人に叱責されながら働くパルナサスを
Mr.ニック、トム・ウェイツ演じる悪魔が
にやにやしながら見つめています。
ほんとうに嬉しそう。
悪魔との闘いはこの先もきっと、つづくのでしょうね。

新作ですから、もちろんストーリーは省かせていただきます。
ここ何年かの不運をすっきりと追い払ってしまったような出来上がり。
楽しい気分で映画館をあとにしました。

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2010/2/21 渡し

子どもの頃、川には「渡し」というものがあって
船にのって対岸の街へ行った。
よく利用したわけではないけれど
なつかしく思い出され、ふと気になった。
まだ残っているのかな?
いとこや、知人にも聞いてみると
一カ所ある。

最寄りの駅員に尋ねたら、
よくわからない。
観光案内に、載っているのを探して渡してくれた。
こういう時、一人なら、
えんえん歩いてあちこち探しまわっても平気だし、
今日はお休みでした、てことだったとしても
また来ればいいやと思えるけれど、
連れがいるとなると、そうもいかない。

堤防を越えて、広い河川敷へおりると
遠くにのぼりが立っているのが見える。
「小堀(おおほり)の渡し」

私のまた別のいとこが
この土地に嫁入っていて、
3人の子どもたちは
渡しに乗って学校へ通っていた。
すでに皆、成人している
今、その船を使っている子どもは
いないのかもしれない。
車があり、橋がかかっているのだしね。

全長5m×巾1mちょっとの、青と白に塗られた船は
ほんとうに小さくかわいらしくて、
私の記憶の船ともちがっている。
当時は利用者も多かっただろう
赤さびた平べったい船体に、自転車を並べ
船腹には、おきまりの古タイヤ
乗客はみな立っていたように思う。

片道100円。
自転車は、一人一台まで無料。
該当の地域住民は、無料。
安いです。
対岸まで、正味15分。
間に、休憩をはさみながら、
1時間かけて、3カ所の船着き場を回る。

航行中は、客室の座席に座っていなくてはいけない。
この客室が、6人のったら、超満員と思うせまさ。
確か、乗員12名と書いてあったような気がするが。
もしかしてそれ、小学生換算ですか?

渡しが始まった、大正の頃は、
帆掛け舟だったらしい。
モノクロの写真が飾られていた。
霞ヶ浦のお隣の北浦というところに、
ワカサギ漁の帆引き船というのが残っているのですが
あんな感じの白い帆でした。
ということは、風が無い日は
漕がなければならなかったわけですね。

狭い船室にとじこもっているのも
もったいないので、
許可を得て外に出てみた
小さい船は水との距離も近く
気持ちがいい。

船からの視点は、本当に低い
地面よりも低いのだもの。
水、堤防、空、世界が単純化される。
暖かい冬の一日
風は川面を揺らす事もなく
こういうのをベタ凪ぎ、て言うのだろう。

岸にもやった木製の釣り船。
おそまつな素人作りの桟橋には
茶色い洗濯物が干してあったりして
この混沌とした感じは、
亜細亜のどこか知らない国にいるのかと錯覚する。
そうでした、
ここは文字通り亜細亜の片隅ですものね。

あっと言う間の一時間、というより
停止したような一時間。
このまま、ずっと河口まで下っていきたい。
蓋にした高速道路は取り払って、
川の交通がまた、復活したらいいのに。

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2010/2/4 NORTHERN TALES

「NORTHERN TALES」
ハワード・ノーマン/著
北極圏とその周辺に語りつがれてきた
民話を集めた本。
青土社から、
世界の民話シリーズ「エスキモーの民話」
として出版されています。

始めのことわり書きとして、
エスキモーという呼称は、
彼ら北極圏の住人が、決めたものではないけれど
この本ではあえてそうしている、
という理由が書かれている
が、それを書いたのは、
編集者なのか、翻訳者なのか、署名がない。
おかしなこと。

生と死がぎりぎりの状況で隣り合わせている
この世界のお話は
伝説、おとぎ話、それとも実話なのか分からない。
きっと、そんな区別は必要ないのですね。
口承の物語は、長い時間とたくさんの人を
経由してきたのでしょう。

ある物語は、まるでしんとして音がない。
耳をふさがれたような空間にいて、
小さな生き物が雪を踏む。
その音だけがはっきりと聞こえてくるような
そんなお話。

また、ある物語では
熊は人間に姿を変え
魚になって川をさかのぼり
ワタリガラスになる。
ワタリガラスは森林を超えて飛んで行き
知らない村に降り立って、人間の生活を始める。
命が循環する物語。

熊を狩る漁師の話は、ドキュメンタリーのような語り口。
ある朝、熊を狩る夢を見た。
それはいい夢なのか、悪い夢なのか?
老人に尋ねた後、息子とともに狩りにでる。
一日をあきらめかけた時
息子の死を知り
熊の命を奪う自分がいる。
雪に残る血のあと。
熊への憎悪と哀れみと愛情が
漁師のなかにせめぎあっている。

読んだのはもう2年前で
ここにきて急に思い返される。
いい本なので、装丁やりたかった、
という話はなかったので、勝手に描いた
架空の表紙、架空のポスター。

northern

なにかは、なにかと深い関係があって
しかも別のなにかに似ている。
なんのことやら、まったく説明できていないけれど
そんなことがまた起きていた。

折口信夫「ほうとする話」は
他の論文調とはちがっていて、
沖縄、ヤンバルの島々を回ったときの
素直な感懐というものなんだろう。

熱い砂を踏んで、
一かたまりの民家に近づいていくと
これほどの屋数に、ことりと音をたてる人も居ない。
あかん坊のなく声がすると思い
回ってみるとヤギがただ一疋、
雨ほしそうに鳴いている。

こんな景色を前にしては、
どこで行倒れても良い旅人すら
ほうとしてしまうことがある。
だが、旅人の目からみれば、こうした島々の生活は、
もっと深いため息に値する。
かつて、これがもっとも正しい人間の理法と
信じていた時代が本当にあったのだ。
古事記や日本紀や風土記などの元の形も
出来ていなかった古代を
こういう、ほうとした気分を持たない人には
納得できるはずがない
というような事を書いている。
(品格のある文章で、
私にはご紹介する力量はありません
ぜひ、読んでください)

海浜の風景
波が割れるのも、確かに見えるけれど
音がない。
つよい風が裏山の竹をおもいきり揺らしている
海鳴りのような音がしているはず。
でも、音がない。
記憶が記憶をよんでいた。

近所に、とりのこされた谷地があって
かつては、ひどく不法投棄にあったであろう場所がある。
こんなご時世なのに、造成して家を建てるらしい。
急な斜面の樹はまだのこされているが
下へおりてみると、平らにならされた三角形。
今、水抜きをしているのか
建設はまだ始まっていない。
売り出しのセールスマンが一人
敷地を点検している。

誰が見ても、崖崩れ危険箇所で
地震の場合は、湧水による地滑りの恐れ、のはず。
家を建てても平気なんだろうか。
「崖っぷちの家」流行っているというし
谷底の家というのも、ありなんだ。

谷の底、三角の頂点
そこに立つと、空気がちがう。
町の物音は、谷の上を通過していくので
ここはまったく音がない。
周りの樹々が音を吸収しているのか?
しばらくして耳が慣れると、
枯れ葉をふむ
小鳥の足音が、妙に大きく聞こえてくる。
今どこを歩いているか、分かるほど。

お手製の布テントをはって
その下で子どもと布団をしいて眠ったときの
あの感じ、あの空気感。
ぐっすりと深い眠り。

なにかは、なにかと深い関係があって
しかも別のなにかに似ている。
意味も分からなかったり
ただ、なにかが似ているだけということもある。
でも、そんなことが時々、やってくる。

四方から風が塵を吹き寄せて来て
偶然一カ所で画像を浮かびあがらせ、
また散っていった。
時間と、空間を隔てたその四つ辻に
立っていたのだね。

そして今朝、目が覚めると、雪が積もっている。
雪の朝は、本当に静か。

 

2010/1/17  ムーミン

「ムーミン」は、子供の頃
アニメーションでいやと言うほど見たけれど
全巻読んだのは、やっと去年。

昔の記憶をたよりに「赤い鳥文庫」を探していたら
豪華版で新しい版形のものがでていた。
大人の読者を意識しているのだろうか
小さい読者にはやはり「赤い鳥文庫」。

読み進むうちに
ムーミントロールがあの声優さんの声でなしに
男の子らしい声で聞こえてくるようになりました。

絵がとてもいいです。
途中から、作家のトーベ・ヤンソンではなく
弟さんが代わって描かれたそうなんですが
(あの独特の雰囲気はやはりちょっとちがいますが)
挿絵の中にいる登場人物たちの
ポツンと小さい姿とか、後ろ頭のまるさとか
しっかり主張していて
さらに外にむかってひろがっていく風景が素敵です。

子供向けのお話なのに暗い、とか
災害ばかりおこる
などと言われる物語です。

けれど、
息子のムーミントロールが
やってくる洪水への恐れから
おとうさんの手をそっと握るシーン、
家族とはなればなれに流されてしまって
怖いけれども、スノークのお嬢さんのために
男の子の自分がしっかりしなきゃと思ったり、
灯台のある孤島の海岸では、氷のようなモランの為に
ランプをともしてあげる
今まさに成長しようとしている少年のムーミントロール。

夢をあきらめきれなかったおとうさん。
家出してみたり、半生記を書いてみたり、
家族を引き連れて、灯台の孤島に引越したり。

なによりも家族のためを第一に考えていたおかあさんが
自分の描いた壁画のなかにはいりこんで、
家族から隠れてしまう。

登場人物たちが、とても魅力的。
自分というものをよく分からないながら、
静かに、あるいは強く、自分なりに闘って、
最後には、なにかしらを勝ち取っています。
私が言うまでもなく、名作です。

ムーミントロールのいない家で
彼らの帰りを待っているひとたち。
ムーミントロール、おとうさん、おかあさんが
登場しないお話も、とてもいい。
そこにいない人を思う事のできる
すばらしさ。
楽しさ。
さびしさ。

世の中にはいろんな人がいて、
いろんな人たちと、かかわり合いながら存在する自分
正体の分からない不安をかかえている、自分
そして私たちを取り巻いている自然とも
深く関係を結んで生きていく。
むづかしいこともあるかもしれないけれど、
トーベ・ヤンソンの眼差しの先には
私たちのすすむ道が示されているようです。

こういう本こそ、子供たちの本だと思うのですが
積極的にすすめたということはありません。

子供の頃、先生から
いくら宮沢賢治の本を薦められても
その世界の奥深くへは
入っていかなかった記憶があります。
「注文の多い料理店」発、
「銀河鉄道の夜」停まりだったでしょうか。
子供の私には、彼の世界は
ちょっとヘビーだったのかもしれません。
宮沢賢治の本は、大人になって
その良さがわかるのかもしれないと
最近思います。

アニメーションや、漫画で親しんだ後
もう少し成長してから、改めて
その世界観を知る事だっていいでしょう。
出会わなかったことを後悔する必要もありません。
読むべき時には
本が、読むべき人を呼んでいる気がします。

物語を聞く時、あるいは読む時、
人は疑似体験をするのか?
では、マンガを読んだ時は?
ゲームをする時は、
これも疑似体験となりうるのか?

実際に、ブランコに乗って遊んだ方が
本で読むより楽しいと思うし、
友達と、かくれんぼして遊んだ方が
いいに決まってる。
だからといって、本が経験にならないとは言えない。
身体をつかって時間を過ごした時も
本を読んだ時も、
同じように時間を使って、
後に残るものは、記憶だから。
(脳と同じように身体にも記憶は残るものだと思う)

時間というものは、基本的には
螺旋なのだと思います。
銀河の中心から離れながら
太陽の周りを回っている地球が
描いているのはきっと螺旋だと思うからです。
同じ所へ戻っているように見えて
実は前とは違う。
朝、家を出て、夜、帰る家は
ほとんど同じに見えるけれど
前とは違う家。

だから、時間である物語=本、を通過するごとに
人も進行方向が、深まったり、変わったりしている。

人と知り合いになるとき
名刺ではなく
本の経歴のスペックのようなものがついていたら
面白いのにと思う時がある。
または、その人を表す、四次元関数のようなグラフがあって
その変換点は、本や、経験という変換機
私の現在位置が動かしようのない座標で表されていたら?!
だとしたら、他人に、読んだ本を知られるのは
なんて恥ずかしいんだろう。
そんなもの、なくてよかった。
ムーミンからはじまったはずが、
いつの間にか、役にもたたないことを
考えていた。
「ムーミン」は、きっと「時間」に関係があるんじゃないかしら

 

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