ミヤハラヨウコの日記

 2007年

2008/1/12 DRY SKIN

毎冬、乾燥肌でお世話になる、個人病院の皮膚科
知人に紹介してもらって、もう5、6年通っている。
今年も乾燥の季節、行って来ました。

ここではなぜか、おばあちゃんの看護婦さんも、
白衣を着ている。
(なぜ白衣?ナース服は年齢的に厳しい?)
六本木という場所柄か、時々、あやしい会話が聞こえてくるので
思わず耳をそばだててしまうこともありました。

受付の看護婦さんがまたインパクト。
ちょっとでも、不備や間違いがあったら容赦なく
患者さんをはねつける。きっぱり。
ここへ来たからには、私のやり方に従ってもらいます
顔にそう書いてある。
仕事に正確と言えばそうなんだけどね。

おや、診察室に貼紙が?
かねてより80歳になったら、閉院しようと決めていた云々。
ええっ!
先生、そんなお歳でしたか?
(今回のことで改めて思うに、看護婦さんもかなり高齢です
先生といっしょに何年ここで働いてこられたのでしょうか)
全く見えない。60代だと思ってた。
ウチの母より上?
そうだったのかと心の中では思ったが
「お閉めになるのですか」と聞いてみた。
ちょっと残念だったから。

通い始めは、どうも調子が狂うし
正直、気が重かった。

お薬を処方する前に、それ以外の事で
必ず一言ある。まるでお説教。
姿勢が悪い。
下着が悪い。
早寝早起きに。
洗濯は石鹸洗剤で。
お風呂はぬるめ。38℃。
石鹸の泡だけすくって手で体を洗うこと。
などなど、お元気そうな大きな声で、こまごまと指示がとぶ。
しまいには、加湿のために、
洗面器に濡れタオルをつるす図まで、かいて説明してくれた。
(加湿器は以前から使っていたのですが、さえぎるわけにもいかず)

先生の布教活動が成功したのか、
私の乾燥肌も年々、軽くなってきた。
今となっては、いい先生だと思う。
皮膚科でできることは、数が少ない。
ステロイド剤をどれだけ処方するか
が8割くらい占めてるんじゃないだろうか。
結局のところ、生活習慣の中にある、原因を取り除かなければ、
また発症するだけだ。
患者にできる事を、やらなくちゃね。
来冬は、すっかり治まっていたりすると、いいけれど
先の事はわからないので、別の病院を紹介してもらわなければ。

そういうわけで、年の始めに
医者という職業は、80歳まで続けようと思えば
続けられるものなんだなあ、とつくづく驚いた。
ん!
でも美容師のアグリさんもかなりな高齢でしたよね。
(吉行和子、淳之介氏の母)
北斎なんて、90歳じゃありませんでした?
生涯現役をつらぬいた方も、けっこういらっしゃる。
年齢的な意味と、思った事はなかったけれど、
「健やかなるものは、遠くまでいける」のですね。

2007/12/30 BEFORE DICK, AFTER DICK

今回は、フィリップ・K・ディックの原作
「ブレードランナー」が映画化されて以来
人類の未来観が、ダークで、グロテスクな世界に
なったしまったという話、ではありません。
(ついでに言えば、それ以前は映画「2001」に見るような
クリーンで美しい未来像だったと思う)

中学、高校と、SFばかり読みあさっていたのに
ディックの本は、たしか
「アンドロイドは 電気羊の夢をみるか?」
一冊で、終わった。

20代後半にかけて、読書量もずいぶん減ってしまった頃
ディックの「ユービック」をすすめられて
おもしろい!
気が付くと、立続けにディックばかり。

フィリップ・K・ディックの作品は、
ひねくれていて、ダークで、ほとんど書き飛ばしたようだ
などと言われているが、正しくないと思う。

ただちょっと、
当たり前の事は、疑ってみる。
エジソンが電球を発明した、さて、そこから考えられる未来は?
と聞かれて、ふつうに導き出される予想を、はるかに裏切ってしまう人だ。

ビックバンからこっち、拡張し続けていた宇宙が
ついにスピードを止め、
今度は、自分の重力にひっぱられて収縮を始める。
すると、世界はどうなるか?
絶対とおもっていた世界が、
逆回転をはじめる。

夕日はのぼって、朝焼けでおわる。
老人は若返り、若者は、ちいさな子どもになり、
ついにはしゃべる事も、歩く事もできなくなり、
母親のお腹に、帰ってゆく。

爆撃機は、空中から回収した危険な爆弾を、
兵器工場へはこび、そこで安全に解体し、
部品は、金属の状態にまで分解されて、鉱山へ埋め戻される。
二度と再び、戦争をおこさないように
徹底的に。

なにか自分のなかで
ディック以前と、ディック以後では
世界観のようなものが、変わっている。

SFの黄金期は、50年代から60年代にかけて。
いまは、現実がSFを追いこしてしまったようで
なんとなく、キッチュで、かわいらしく感じます。
(実際は、まだまだSFの世界に追い付いていないのですが
予想外の未来がもうやってきてしまった感じがします
けれども、時間というものにしばられない
普遍的な、究極の未来世界もあります)

SFを読む時、私は何を期待しているか?
新しいビジョンはあるか?
今まで、知らなかった世界を見せてくれるか?
それを、目のあたりにした、事件がありました。

それは、ホンダがつくった、ロボット。
青山の本社ビルで、P-3のデモンストレーションを見た時。
(P-3は、アシモの前世代のロボットです)
それは、二足歩行ロボットが完成したからではなく、
歩くという動作を与えられた事で、
ロボットが、人格ともいえる、個性を獲得していたから。

あれは、本当に衝撃でした。
もしかしたら、P-3以前と、P-3以後に改めなければ
いけないかもしれませんが、
私的には、やはり、ディック以前と、ディック以後。

2007/12/16 STAND BY ME

休日の午後、公園のフェンスを乗り越える、野球少年たちを目撃。
持っていた、グローブや、バットは先にほうりなげて。
ちょっと横手にまわれば、ちゃんと門が、あいているのにね。
子供だなぁ。
私も子供の頃、やった覚えがあるけれど、
(チャンスがあれば、今もやるかもしれないけれど)
とっさに思い出したのは、映画「スタンド バイ ミー」。

スティーブン・キングの小説を、映画化したものの中で、
成功したのは「シャイニング」と、この「スタンド バイ ミー」
だけじゃないかと、私は思ってる。
キングの作品は、本のかたちで、完成しているから。
(興行的にはどうなのかな?「グリーンマイル」かも)

「シャイニング」は、キューブリックが、
“キングの”じゃなくて、自分の世界を作り上げている。
きれーな双子の女の子が一瞬、見えただけで、
鳥肌たつほど、恐かったし、
少年を追い掛ける、滑るような視点も。
あれは映像でなくては、出来ない事のひとつ。

「スタンド バイ ミー」は、どうなんだろう。
キングはホラーでデビューしたから、
“ホラー作家”というふうに紹介されるけど、
普通の“小説家”で、充分、以上に活躍できたのじゃないかな?
ホラー小説ではない、「スタンド バイ ミー」は、
「それを証明しようとして成功した」なんていう書評もあったような気がする。

カポーティの「冷血」を読んだとき、
まるでキングのようだと思った。
(年代的な順番としては逆ですが、先にキングを読んでいたので)
物語、登場人物を、冷静に、細部まで丁寧に、描く。
それは、殺人現場であっても、
なんでもない、親子の朝の会話であっても、変わらない。
「物語は、細部にやどる」と言っていたのは、キングだったかしら?
(あれ、ジョン・アービングだったかな? 混乱してきた)

ちょっと寄り道してしまいました。
さて、映画「スタンド バイ ミー」です。
30後半くらいの、主人公がでてくるところは、
ああ、またか…のスタートなんですが、
彼が回想をはじめて、少年達が、あらわれると、
俄然、画面が変わるのです。

8年生を終えて、新学期が始まる前の、夏休み。
(日本なら、小学校6年の12才頃)
9月になれば、みんなそれぞれの道へ、わかれて行く。
貧しさ、家庭の事情、成績、いろんな理由から。
自分の置かれている、環境が、
いつのまにか、自分と他とを、わけへだてていることに気づく。

そんな予感のなかで、遊び仲間の4人は、
森で死んでいる、少年の話を聞く。
恐いものみたさ、兄達への意趣がえし、暇つぶしと言い訳しつつ、
親には、キャンプをすると偽って、死体を探しに行く事に…。

なかでも、リバー・フェニックス。
(「ギルバート・グレイブ」の時の、レオナルド・ディカプリオよりも、光ってる)
彼が、若くして、死んでしまったのが、本当に残念。
「グラディエーター」で、皇帝の役をやった、
ホアキン・フェニックスが、弟だっていう事を、ずいぶん後になってから知った。

少年達は、フェンスを超える、
吸血ヒルのいる池を超える、
鉄道の橋も、列車に追い掛けられながら、すんでのところで、渡り切る。
主人公の少年が一人で、見張りをしていると、森のなかから、鹿があらわれる。
ふと顔をあげた鹿と、少年の目があう。
少年が、自分だけの物語を、見つけた瞬間だと思う。

今年の夏休みは、ウチの小学6年生と一緒に、この映画をみました。

2007/12/8 JOHNNY GUITAR

映画館で初めて映画をみたのは
「禁じられた遊び」。
「ジョニーは戦場へ行った」という
ものすごく暗い映画との二本立て。

その頃、家には、レコードが、一枚だけあった。
「ジャニーギター」っていうタイトルのアルバム一枚だけ。
オレンジとベージュ色の、ポータブルプレーヤーで、聞いた。

「ジャニーギター」は、
(ジョニーって発音しそうなものだけど、なんで、ジャニー?)
「大砂塵」(1954)という映画の主題曲なんだけど、
なぜか、ジャケットは「禁じられた遊び」。
「鉄道員」「帰らざる河」「第三の男」「誘惑されて捨てられて」などなど
映画の主題曲をギターで演奏したアルバム。
もしかしたら、映画に連れて行ってくれた、伯母が、
買ったもの、なのかも知れない。

最近は、映画の主題曲といっても、
すぐに思い出せるものが、私はあまりない。
(しいていえば、「戦場のメリークリスマス」)
なにかの曲は、どれかほかの曲に似ているし、
ちょっといいな、と思うと、
古い曲だったりする。

音楽は、すっかり元気がなくなってしまったのかな。

でも、そういう時代じゃないんだということで、考えると
「プラダを着た悪魔」などは、映画にもあっていたし、
音楽の使い方が良かったと思う。

その後、それらの有名な映画を見ることになる前に、
私はその主題曲をほとんど知ってたので、
私の知っている、懐かしい曲に、ぴったりの映像がついている
というところに、びっくりした。

「誘惑されて捨てられて」は、
ソフィア・ローレンが主演だったような気がする。
むちゃくちゃ大人なタイトルが、小学生にはドキドキでした。
30代の頃、ヴェニスのリド島へ、行った時、
地元のおじちゃんが、口笛で、この曲を吹いていた。
あまりにもはまり過ぎ。
こんな事が、日常にあるっていうことが、さすがイタリア。
日本だったら、美空ひばりか、さぶちゃんだよね。
それはそれで、いい! ソウル感じるもの。

2007/12/2 SNOW CRYSTALS

1931年、ウィルソン・ベントレーが出版した本は、
雪の結晶を、1ページにきっちり、12種類。
ほかに、FROST(霜)、DEW(露)を含め、
合計2453枚の顕微鏡写真を、納めた本。

最近になって、
とりわけ美しい結晶を拡大したり、
白バックに切り抜いてレイアウトした、
写真集がでていますが、
私は、こちらが好きです。

ベントレーは、10代から66歳の全生涯をつうじて、
雪の結晶の顕微鏡写真を撮り続け、
友人の援助をうけて、本を出版するに至ったのは、
死の一ヶ月前。
学者だったわけではなく、
一、研究者として、過ごしました。
農場の生活がありましたし、
出版以前に、雪の写真が世間に紹介されても、
ベントレーがお金持ちになることはありませんでしたから。

並んだ、12個の結晶、ひとつひとつに、
ベントレーの真面目で、まっすぐな、愛情を感じます。
沢山の写真のなかから、ひとつ選ぶのにも、
とても苦労したのではないでしょうか。
ずっと、ただひとつのことに取り組んで、
ただ一冊の本を、出版した。
この集中力、迷いのなさ、頭のさがる思いがします。

雪の結晶を、見ていると、
イヌイットのトーテムポールにきざまれた像のような、
ロシアの刺繍のような、
ケルトの石の紋様のような、
ドイツのゴシック建築のような、
アフリカの壁画のような、
アイヌの洋服のような、
世界中のありとあらゆる、イコンがみつかります。
雪の結晶に注目した人は、なにもベントレーだけでは、ありません。
それ以前の、フランスにも、イタリアにも、日本にもいました。
きっと、ロシアにも、中国にも、いたはずです。
顕微鏡がなければ、見る事はできなかったはずだ、
という意見もありましょうが、
なぜか、人々は、とっくに知っていたのではないかと思います。

ディズニーのアニメ「ファンタジア」を、久々に見たら、
ベントレーの写真を、思い出しました。
「くるみわり人形」にでてくる、霜の精は、
まるで、ベントレーの本から抜け出して来たようです。
「ファンタジア」の製作は、1938年頃からはじまり、
アメリカで公開されたのは、1940年です。(日本では戦後)
当然、目にしていたはずですね。

あとひとつ、
どうしても忘れられない、映画のシーン。
窓ガラスについた、アラベスク模様のような、ゴージャスな霜の結晶が、
アップにされて、カメラが引いて行くと、
ガラスの向うにいる、ヒロインの目が写る。
誰かの帰りをまっている。
なんの映画だろう? 
「ドクトルジバコ」か、
ロシアが舞台の長い長い映画だったと思う。

イラストは、初版のハードカヴァ−「SNOW CRYSTALS」(1931)

2007/11/23  湯たんぽ

省エネのご時勢なので、湯たんぽが、流行っているらしい。
ウチも、使っている。
何年か前、冬の終わりの売れ残りで安かった、ドイツの湯たんぽ。
外カヴァーが、ウールの手編みだったりすると、
それだけで、何万円もするものもある。
中身、同じなのにね。
日本の湯たんぽにくらべると、小さいけれど
これで充分、朝まで、あったかい。

小さい頃は、たしか、湯たんぽは
金属製で、洗濯板みたいな、でこぼこだった。
家には、さらに古い、茶色でかまぼこ型の陶器製があったけれど
子どもの私には、アンカ。

祖母が七輪で、火をおこす、練炭のミニサイズ、まめ炭。
(単語帳ではありません)
それを、石綿がつまった、金属の箱に入れる。
オレンジの箱型で、丸い小さな穴が、あいている。
パチンと、二ケ所、金属の留め金でとめて
風呂敷でつつんで、布団に入れてくれた。

8才の私は、祖母と、伯母にはさまれて、眠っていた。
私が布団にはいって、しばらくすると
伯母の猫も、やってくる。

伯母の猫は、ピナオ、という名前。
ほんとかどうか、私よりも、年上で
長いしっぽが、きれいな、和猫だった。
雌だけど、子どもは産んだ事がなく
私が二十の春まで、生きた。

頭から、布団のおくまでいってから、Uターンして
ちょど私のお腹あたりに、頭を落ち着けて、寝る事がおおかった。
猫は一番あったかい、所を知っている。

ピナオの親猫も、まだいたはずで
全身グレーの、黒トラ。
名前は、なかったように思う。
まだ、家に、竃(かまど)があったころで
灰まみれになって、寝ていたようだ。

さて、そこで、今さら、心配になった。
だって、練炭でしょう?
猫は、二酸化炭素中毒になったりしなかったのか?
たまに、顔をだして、並んで寝ていた事もあったし
朝には、もういなかったので、
中毒になるほどでは、なかったのか。
なにより、とても長生きしたのだもの。
猫とアンカのそんな思い出。

2007/11/16  茶碗蒸し

小さい頃、母のつくってくれる茶碗蒸し、だいすきでした。
なにかの行事に、お祝に、ふと気が向いた時に。
見た目は、たっぷりした、湯のみのようだけど、
専用のふたが、ひとつずつ。
器からして、普段ではない感じが、
特別だったのだと思います。

私も時々つくります。
お友達が来た時につくると、やっぱり子供達のうけがいい。
「次もね」とリクエストがくる。 
私の茶碗蒸しは、京都風。
味ではなくて、その薄さ。
卵より、だしの味が勝っています。
箸をさしても、たちません。
具も、沢山は、はいっていません。
銀杏ではなく、枝豆。
鶏の胸肉脂身付き少々と、お麩。
時々、緑の葉もの。

大切なのは、卵液を裏ごしすること。
めんどうだけど、それだけは、大事。
それで、のど越しが、ぐんと良くなりますから。
大人の味にする時は、
しょうが風味の、ほんの少し甘い葛を、薄くのせます。

器は、田舎の陶器屋で買った、湯のみ。
60年代の売れ残り。
プラスチックの赤い蓋も、ちゃんとついていました。
サイズが小さい点も、重要です。
もうちょっと食べたい、というところが、ねらい目なんです。

作業を簡単にしておくと、
元気がない時も、作ろうっていう気になりますので、つけたし。
(だって、そういう時こそ、おいしいものを食べなくちゃ)

大きめの軽量カップに、卵を2個
だし汁を加えて、合計800ccにします。
あとは、お好みで味付けを。

裏ごしが面倒な時は、
茶漉しでいいんです。
ちゃんと洗っておけば、
香りがうつる心配もありません。

蒸し器を出すのが、面倒なときは、
器に、アルミホイルでふたをして、
湯をはった鍋に直接おいて、火にかける。
小さい鍋でも、1、2個でも、食べたい分だけ、あたためる。

そう言えば、最近つくっていないので、
今週はひとつ。

2007/11/8  バーバヤーガ

友人に教えてもらった古い絵本「きりょうよしのワシリーサ」
(ポプラ社/1969)にでてくる、魔女のバーバヤーガ。 
バーバヤーガの住んでいる
「鶏の足のうえに建っている小屋」というのが、どうにもひっかかっていた。
この絵本に見覚えはなかったけれど、
この「小屋」には覚えがあったから。

ムソルグスキーの「展覧会の絵」のなかには
「バーバヤーガの小屋」というパートがでてくるし、
「バーバヤーガ」は、
ロシアではよく知られたむかし話の登場人物。
ヤーガばあさんという和訳があててあるので、
バーバ=おばあさんの意なのだろう。
(だからといって、おじいさん=ジージ かどうかは、分らない)
複数のお話の中でさまざまに語られる、
バーバヤーガは、ある時は、主人公を助ける存在。
ある時は、主人公をとって喰う、恐ろしい魔女。 
姉、妹、あるいは、娘をもち、
とって喰うはずだった物語の主人公に、
逆に家族を殺されて悲しんだりもする。 
ただし、「鶏の足の上に建っている小屋」に住んでいて
「臼にのって、杵で漕ぎ、箒で跡を消しながら飛んで行く」
というスタイルは決まっている。 
日本でいったら、「山姥」でしょうか。
そういえば、山姥も金太郎さんを、育てていました。
「バーバヤーガは、ロシア人にとって、森の存在そのもの。
時に恩恵をあたえ、時に脅威となる」と言う研究者もいます。

私がロシアへ旅行した時、夜行列車の窓から、
軽装で森をあるいている人々を、たびたび見かけました。
季節は夏だったので、9時、10時になって、やっと夕暮れ時。
きっと、森でキャンプをしたり、食事をするのでしょうね。
キノコ狩りには、はやすぎるでしょうか。
森は人の手がはいっている様子で、荒れた様子はありませんでした。
聞くところによると、ロシアの都会にすんでいる人々は、
夏は、菜園のある森の小屋(別荘?)で過ごすものなのだそうです。
ロシアは私のなかでは、
きびしい冬ばかり、強調されてしまいますが、
きっと豊かな土地なのでしょうね。
公園じゃなく、森へ出かけていける、環境がうらやましいです。

先日、イヌイットの民話を読んでいるとき、
バーバヤーガが登場したので、とても意外でした。
イヌイットは白人の文化は意識的に排除しているのだと思っていました。 
ここでは、バーバヤーガは「すり鉢にのって、
すりこぎで漕ぎ、箒で跡を消す」というスタイル。 
その物語のなかには、「生命と若さの水、死の水」という、
ロシア民話の必須アイテムも登場するので、
ロシアとの交流がかなり深い地域なのだと思います。

私が、ひっかかっていた、
「バーバヤーガの小屋」は、
私の記憶のなかでは、一本足だったと思います。
「森を走り回る、二本足」という絵本もあります。 
「鶏の一本足=木の切り株」という説も。 
そして、小屋は鶏の足の上で、ぐるぐるまわっていて、
「小屋よ森に背をむけ、
こちらを前にして止まれ」という呪文をとなえないと、
中へはいれないのです。
ビジュアル的に「鶏の一本足の上に建っている小屋」は、
かなり強烈です。
子供の記憶になまなましく残るのは、当然でしょう。
鶏の足を、見た事のない子供には、
ピンとこないかもしれませんね。

イラストは「バーバ・ヤガー」
アーネスト スモール/著 こだま ともこ/訳 ブレア レント/絵(童話館/1994)
1966年出版の海外絵本を、翻訳して出版したものです。

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